忍者ブログ
ハゲにまつわる、おかしくも、まじめなお話。カテゴリー、1)~6)の順にお読みください。
[13]  [12]  [11]  [10]  [9]  [8]  [7]  [6]  [5]  [4]  [3
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

逆毛隠しがカツラの起源?

 髪を祀る神社を紹介したので、カツラの髪を祀る神社も紹介しておこう。
 その前にカツラといえば、いまではハゲを隠す道具であり、本書でもハゲ隠しのカツラを前提にしてしているが、これはカツラを狭義に捉えたもので、広義には頭へのり物全般を指す。
 中世から近代ヨーロッパでは裁判官などの職位の象徴としてカツラを装着していたし、古代にはカツラの語源ともなった蔓(かずら)を頭に王冠のように戴き一種の頭飾品として使用していた。
 カツラの神様は、蝉丸公という。醍醐天皇の第4子という高貴な身分で出生したものの盲目であったため剃髪し僧侶となった。侍女の古屋美女(ふるやのびじょ)を伴い、滋賀県の逢坂山に閉居していた。
 そこに蝉丸公の姉宮である、逆髪姫(さかがみひめ)が訪ねる。蝉丸という名前も変わっているが姉宮の名前はもっと変わっている。当然、髪の毛が逆さに生えている。しかも針金のような剛毛だったのだろう、逆毛状態で、形容しがたい様子だったと推測する。いまならストレートパーマかアイパーで簡単におさめることもできたのだろうが、当時はそんなしゃれた技術はない。
 おのれの姿を嘆き悲しむ姉姫を見て、蝉丸公は侍女の髪を切ってカツラを作って姉にあげた。これが日本初のカツラといわれている。ハゲ隠しではなく、逆毛・剛毛対策としてのカツラが日本では起源となり、祀られている。
 逆髪姫は、高貴な身分だったが髪の毛が逆立っていたため、身分の低い人からもばかにされたり、恐れられたりと散々だった。昔はハゲより異体な髪の方が悩ましかったに違いない。
 日本初のかつらを作った蝉丸公を祀ってあるのが、滋賀県大津市逢坂山にある関大明神蝉丸宮。カツラの祖新神として崇拝されている。と同時に蝉丸公が和歌や琵琶などの芸事に秀でていたため、芸能の神様としても崇められている。
 蝉丸公の出生には諸説あり、仁明天皇第四皇子人康(かねやす)親王とも、、今昔物語では式部卿の宮の雑式(ぞうしき)とも、いわれている。蝉丸神社についても、現在の片原町にある関大明神蝉丸宮、清水町にある関清水大明神蝉丸宮など逢坂山に3箇所あり、それぞれいわれがある。



PR
この記事にコメントする
name
title
font color
mali
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新TB
プロフィール
HN:
富野太郎
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
忍者ブログ [PR]